大鶴義丹さんのバイク情報!

大鶴義丹さんの経歴

お父様は劇作家であり芥川賞作家の唐十郎氏、お母様は在日朝鮮人俳優として知名度の高い舞台俳優、李麗仙さん、その間に生まれたのが大鶴義丹さんです。
東京都杉並区出身で日本大学芸術学部に入学しその後中退、高校からテレビドラマなどに出演し、大学在学中に首都高速トライアルという映画に出演する事で芸能界への本格的デビューを果たしました。

大学在学中、スプラッシュという作品で第14回すばる文学賞を受賞、小説家としての経歴もお持ちです。
となりのボブ・マーリィという作品で映画監督でもデビューを飾り、劇場公開映画の監督を6作品手がけています。
お父様とお母様の才能をしっかりと受け継がれているという大鶴義丹さんですが、実は、レーシングチームプロデュースをしたことがあるという経験も持っていて、バイクに関しては、15年にわたる連載を持っているというほどの方です。

現在もオートバイでサーキット走行を行うなど、バイクにも非常に深い大鶴義丹さんなのです。

バイクとの出会いはいつだったのか

80年代、バイクブーム時代に中学生だった大鶴義丹さんは休み時間には誰かしらバイク雑誌を読んでいるという時間を過ごされていました。
高校になると部活に励むかバイクに乗るかという感じで、その当時、バイクは本当にかなりのブームだったのです。

友達がオフロードバイクに乗っていたという事で、最初に購入されたのはヤマハのDT200Rだったといいます。
オフロード車に革命を起こしたといわれるバイクの中の名車といわれるDT200Rは、何も手を加えることなくレースに出場できるというくらい性能の高いバイクです。
高校生活の相棒はこのバイクだったと語られています。

丹沢宮ヶ瀬湖は当時、ダムが建設されておらず林道がかなり多かったため、そこでオフロードを楽しんでいたという大鶴義丹さんは、伊豆、房総の林道などでもバイクを楽しんでいたそうです。
大鶴義丹さんの手元には、富士山をバックにした友人とバイクとの写真が残されています。

バイクの魅力

若い時にバイクについて感じた魅力は、10代という少年であってもバイクがあればどこにでも行けるという自由な感覚、その魅力が最高だったといいます。
バイクはクルマと違い燃費が非常によく、1000円あればどこへでも行くことができるという感覚がありました。

湘南、伊豆、千葉、景色が美しい場所にいつでも気軽にいく事の出来るバイクは、若い世代にとってこれほど自由を満喫できる乗り物がないと思わせてくれたのです。
女の子とタンデムで砂浜を走った時にはアラビアのロレンスになった気分に酔いしれたと笑って話す大鶴義丹さんは、本当に素敵です。

バイクは危険が伴う乗り物ですが、オフロードバイクというよりリスクの高い乗り物に乗る方だからこそ、怖さも知っているでしょう。
現在もバイクを楽しんでいるという大鶴義丹さん、これからもきっとバイク生活を謳歌されるのでしょう。

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